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その他の研究成果

認知症ケア大会  : ユニットケアで生き返った!

発表場所:平成15年 日本認知症ケア学会(仙台大会)
サブタイトル:〜ハードよりソフトを重視して〜
発表形式:発表
所属施設:介護老人保健施設
発表者名:湯浅英子
共同研究者:山下倫央


当施設、介護老人保健施設ウイングは東京都府中市に平成11年11月に開設、現在五年目を迎えた施設です。一般棟50床が2フロア、認知症専門棟40床が 1フロアの計140床であり、規模としては中型老健であります。フロアの構造は直線の長い廊下に居室が併設されている形で、これまでは中央のサービスス テーション、食堂付近に利用者の生活スペースが集中していました。(スライド)
50人という大集団での生活、なおかつ認知症を抱えた利用者の生活は個々のペースを重視したものとは言い難く、どちらかといえば職員からの一方通行的ケア でした。レクリエーションなどの活動は大人数を一カ所に集めて行われ、「こうします、こうしてください」という押しつけのケアであり、食事の場においても 平均8人が1テーブルに座り黙々と食事をしている状況でした。席も流動的であり、お互いの顔と名前が認識出来ないまま日々過ごし、一部で利用者同士の交流 はあるものの全体としては少ない状況だったのです。

在宅復帰へのリハビリ施設として、社会性を維持するための他者との関係構築は重要であり、入所者の低下している交流量は問題でした。「このままではいけな い、活気のある雰囲気をつくり、他者とのコミュニケーションを円滑に行えるように支援しなくては・・」と職員間にも問題意識が芽生えました。

そこで小集団ケアであるユニットケアに注目し、出来ることから始めようと昨年、食事席を4〜6人の小グループ化かつ固定化を試みました。グルーピングの留意点は1.認知症度にばらつきがなく、ある程度交流が望めそうであること
2.席には名前のテープを貼り、一目で自分の席が分かるようにすること、
でした。その結果、名前のテープが功を奏したのかお互いを名前で呼び合う光景が見られるようになり、より深い人間関係が構築されるようになりました。食後 もその場にとどまり歓談をするなど、いつもの顔と安心して食事を楽しむ「団らん」の場を提供することに成功したのです。さらにはその人間関係を活動グルー プにも移行するなどして全体を活気づけることが出来たのが去年の成果です。

しかし認知症度別のグルーピングを最重要視した為、絶対数の少ない男性利用者が各テーブルに点在する結果となり、数多い女性利用者の中で浮いた存在になっ てしまっているのが否めない状況となってしまいました。女性が話を弾ませて食後の団らんを楽しんでいるのに比べ、男性は食事が終わればすぐに自分の部屋に 帰り、横になってテレビを観ていることも少なくありませんでした。さらには食事の場だけではユニットの人間関係がまだ希薄であることもあり、今回はその男 性利用者の希薄な人間関係を改善することを目的として、ある試みを行いました。その試みと成果をここに報告します。

平成15年7月1日より、まず男性テーブル、女性テーブルと大きく食堂を二つに分け配置しました。(スライド)このようにおおざっぱではありますが、男性 同士、女性同士が固まるように配置してあります。次に、居室の配置も男性部屋区域、女性部屋区域と大きく二つに分けました。(スライド)それにともない談 話コーナーを一つ増設、男性部屋区域の側に設定しました。談話コーナーにはテレビと雑誌ラックを設置し、桟敷に座ってくつろげるスペースに作り上げまし た。(スライド)次に男性と女性、それぞれに違う日課を与え「仕事」として責任を持って行って頂きました。男性は食事につかうおしぼりの準備と古新聞をま とめる作業、女性には利用者が使っている食事用エプロンをたたむ作業をお願いしました(スライド)。そして最後に男性の活動、女性の活動を設定し、週に数 回行うようにしました。男性は囲碁や将棋、麻雀のクラブに参加、腕前をふるっていただきました。(スライド)

その結果、以前よりも男性利用者同士が「共同生活」の色を強めたように思えました。歩行の速さが同じくらいの利用者同士が手をつないで食堂に出てきたり (スライド)、車椅子の利用者を杖歩行の利用者が手押ししてトイレまで連れていってあげたり(スライド)、お互いに声を掛け合って活動に自発的に参加した り、というような光景が頻繁に見られるようになりました。また、タバコを吸う利用者同士で「〜さんがまだ吸ってないから誘ってあげて」と気を使うようにな り、おしぼりの準備に関しては利用者の方から「今日の分は?」と催促するまでに責任感が出てきたり、以前は女性だけが食後も食堂にとどまっていたのが男性 の方が食堂に遅くまで残って歓談していたりという光景も見られるまでになったのです。
その一方で居室で一人で過ごす時間もあり、(スライド)ワープロに向かっていたり、テレビを観ていたり、パソコンに取り組んでいたりと孤独でいることも多くあります。
また、スタッフに対して他利用者に対してクレームを申し立てることも多くなり、それは気兼ねなくモノを言えるような環境になったのではないかと考えています。

Vitality Indexという意欲の指標が1998年、杏林大学医学部教授らによって開発されました。(スライド)それによると10点満点形式で意欲の度合いを採点し ていくのですが、ユニット開始以前は男性13人の平均点が6.38点でした。この点数がどの位の程度なのかというと、療養型病床群に入院している高齢者で 7点以下の70%が更なる意欲低下を引き起こしたそうです。ということは当施設の入所者においても無関係の話ではなく、レベル低下に繋がる危険性があった と考えられます。それが、ユニット開始3ヶ月後には平均7.69点までに上がったのです。レクリエーションの頻度を増加させた場合に3ヶ月で1点弱の向上 という例があり、1.31点の向上は良好な結果と考えられます。 以上のように男性利用者が施設生活の意欲を向上させ、活発な生活を送るような成果が得ら れたのですが、ここで私たちが重用視するのは、スタッフからの「押しつけ」ではなく、自分の生活のリズムを守りながら活性化したことなのです。

ある利用者の一日の流れを紹介します(追ってスライドで紹介)。まず6:00に起床し、コーヒーとタバコで一服します。新聞を読みながらゆっくりと一日の 始まりを迎えています。7:30頃朝食の為、皆が集まりつつあるなか居室で整容しています。7:45配膳の直前を見計らってやっと席につきます。食後自分 で下膳をし、屋外で一服。いったん居室に戻り自分の時間を過ごした後、10:00にフロアに出てきます。水分補給のジュースを飲み干し、クラブへと自主的 に参加されます。この日はペン字クラブで、自分の判断で満足するまで書き上げ、自分で切り上げます。昼食を朝食と同じような流れで済ませ、午後は自分の時 間を過ごします。居室でパソコンを操作したり、テレビを観たり、麻雀クラブを流し見するなどして、ゆっくりと過ごしています。夕食後も一服、談話コーナー でテレビを観たり居室でテレビを観たりとした後、寝る前にも一服、歯を磨いて就寝です。

福祉施設の入所者において、レクリエーションやクラブ活動に積極的に参加する女性利用者とは対照的に、独りでテレビを鑑賞する、新聞を読んでいるなど孤独 に過ごされている男性利用者の姿を見かけることは少なくないと思います。女性が生まれ持っている性質の「集団の関係を大切にし自分の身を守ること」に対 し、男性の性質は「仕事に取り組み結果をだすこと」など個々の作業に与するものであります。そのことからも男性が独りでいる時間を好むことは明らかなので すが、これまでの集団施設生活においてリハビリとして「押しつけ」の活動参加促しがあったことも事実でしょう。たしかにリハビリ施設として認知症進行予防 に努める老健において孤独な生活は良いものではありません。しかし、「押しつけ」のケアが果たして利用者にとって本当に活発な生活となりうるのでしょう か?
今回、ユニットケアを試みることで利用者の自主性を大切にし、「押しつけ」ではなく「積極的な人間関係」構築のもと、自発的な活動を支援することに繋がっ たのではないでしょうか。そして満足度の高い施設生活を提供出来る可能性を見いだせたのではないでしょうか。

現在、生活リハビリとしてユニットケア施設が注目されています。そのなかで既存のハードを用いたままでユニットケアに取り組まれている施設も少なくないと 思います。生活リハビリといった観点から炊事場や洗濯場などが必要であり、利用者に寄り添える職員数も必要なのですが、そういった改修が不可能である場 合、やはりユニット的な人間関係が重要視されるのではないでしょうか。今回のわたしたちの試みが「積極的な人間関係」の構築にお役に立てれば幸いと存じま す。